夢のような1日

心はアイドルと生きてるけど、現実ではお母さんなのでいつも情緒が不安定です

贈り物の代わりに


平野紫耀さん
24才のお誕生日おめでとうございます!

 

神奈川県から、あなたを思う人間です。

ちなみに最近急に人手不足になってしまい絶賛仕事が忙しくてたまりません。

毎日「家に帰るのめんどくさいな、どうせ明日また来るのに」とか考え始めているような状況です。

 

あなたのお誕生日に、ファン同士で集ってお祝いしたり、もちろんあなたに何か贈り物をすることはできません…

コロナ、とか関係なくめちゃくちゃ忙しくて、心を失っているから💔

 

ただ、やはりせっかくのあなたのお誕生日なので、あなたのことを考えたいです。

 

贈り物の代わりに、ファンレターをしたためます。

 

King & Princeのデビュー以降、あなたのことを「スター」というワードなくしては語れません。

 

「スター」はだれかが自ら志願して、また努力を重ねて、到達する存在ではない、というのが私の持論です。

 

「スター」とは、選ばれし者です。

そうなる星の元に生まれついた運命を生きる人のことです。

 

『彼がスターだよ⭐』

 

まだ幼い平野紫耀さんをそう言って周囲に紹介したのは、今は亡き天才・ジャニーさんでした。

 

私ごときが、本当におこがましいことですが、ジャニさん、私もそれ同感です。

平野紫耀は、絶対天下とる。必然です。

 

以前Twitterにも投稿したのですが↓

 

 

平野紫耀さんは、存在そのものがイコール新時代なんですよね。

 

昭和という時代が美空ひばりさんと共にあったのと同じように、これからの時代を作っていくのが、平野紫耀さんというスターであり、King & Princeというグループだと真剣に思ってます。

 

人間がどんどん頭でっかちになって殺伐としていく一方の世の中で、結局私たちが求めるのはあったかくてきれいな心の持ち主なんだよなぁ。

同時に、King & Princeのみんなのような若者を見つけられて私はうれしいです。世の中まだまだ捨てたもんじゃない。

 

とはいえ。

わたしは元々、相当なる天の邪鬼であり、「皆が好きなものはなんかやだな」という損な性格のひねくれものです。

なんでこんな王道ど真ん中の次世代スターにこんなに惹かれるのかと、不思議でした。

 

ジャニーズは好きだけど、やっぱりセンターとかメンバーカラー赤とかよりは端っこ派。なんならデビュー組で好きなのは関東一部地域限定アイドルだった嵐(あれよあれよと国民的になられましたが…根っこは事務所的にアウトサイダーだよね?)、あとはいわゆる「舞台班」が守備範囲でした。

 

対する平野紫耀さんは(現状の人数編成上やむなくではあれ)King & Prince不動のセンターに君臨しています。本来、私の嗜好からは外れたところにいる彼。

 

でも、彼を見ているとどうしても蘇る記憶が私にはあります。

 

(急な回想)

 

小学校6年生の頃に好きだった男の子のことです。

 

私は小学校に上がる前から発育がよく、常に背の順では一番後ろ、同級生と比べると頭2つ分はずば抜けて大きい子供でした。

 

小学校6年生の時にはすでに165センチを超え、担任の先生を含めても教室で誰よりも大きかった…

今となっては大きくてよいことも沢山あり、便利でもあり気に入っていますが、小学生の私は大変なコンプレックスを抱えていました。

 

内心気になる男の子がいても、自分のような体格の女の子は、はなから相手にとって対象外だろう、と疎外感を勝手に感じていたのです。

 

そんな中、6年生の時に同じクラスになったO君のことを私は好きになります。

O君は、いわゆる「モテる小学生男子」でした。甘いマスクで足が早くてドッヂボールが上手。明るくて常にクラスの中心にいるような男の子でした。ちなみに小柄だったので、私と並ぶと私は保護者のようでした。

 

「あんたみたいなチビのことなんてなんとも思ってないからね」とでも言うようにあえてサバサバ系女子を気取って彼とは仲良くしていました。

 

そんなある日、隣のクラス一番の美少女KさんがOくんに告るという事件が…

 

教室でひやかされ、デレデレしている彼を見て私が思ったのは「傷つくまい、どうせ私は圏外の女」…とかそんなことでした。かわいそう。つらいよね。

 

まあそこは小学生なので、別にその二人は付き合うとかそういうこともなかったんだけども、なんかちょっと私はOくんと距離をとるようになります。

私、めちゃくちゃ意識してるやん。

 

何日かして、誰もいない階段を下っているとOくんがバタバタ➰っと来て。

 

「なんか俺のこと避けてる?」

「俺、なんかした?」

 

ですよ。すごくない?現実の話ですよ?

 

「べ、別に?!」

 

とか言ってはぐらかそうとする私の前にまわりこんで、Oくんは私の顔をまっすぐのぞきこんできます。そんで言われたのがこれ。

 

     ↓

 

「おれ、お前のことも好きだよ」

 

すごくない?現実の話ですよ?(2回目)

 

あれから26年かぁ。

Oくんどんな男になったんだろ。

中学が別だったので、卒業してからのO君のことはなにもわかりません。

 

お前のこと「も」っていうのがすごい。

一番ではないけど、私のこともまあ女子として見てるよ、というニュアンスでした。

(Oくん、とんだスケコマシになった可能性もあるよね…)

 

それだけでも、コンプレックスの塊だった私の魂を救ってくれたOくん。

のぞきこまれたときは恥ずかしくて、いやこっち見ないでよ、という気持ちが大きかったけども。

こんな私でもあなたのことを好きでいてもいい世界なんだね、と思った12才の記憶。。

 

 

長くなりましたがこれって、平野紫耀さんへの気持ちにそっくりなんですよ。

 


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これ…

こういうこと…

 

こんなきれいな顔でこんな見つめられたら、なんか申し訳なくなりません?

幼少期に膨れあがったコンプレックスのせいで、基本自己肯定感低め設定なので、どうしても卑屈になってしまうのですが。

 

でも、そんな壁をもひょいっと持ち上げて脇によけてくれて(力持ちなところも好き)

 

『もっとこっちみてよ』

 

と広く大衆に許してくれる天才的アイドルなのが、平野紫耀さんという人の魅力なのかなと思います。

 

『アイドルというお仕事をすることで、応援してくれるファンの人の心を明るくしたい、人助けをしたい』

 

そう言ってくれます。

 

『(ファンの集まるコンサートに臨む心境は)身内に運動会で良いところを見せたいのに近い』

 

とも言ってくれます。

 

こちらの年齢とかもちろん容姿とかスペックを問わず『ティアラの皆』として接してくれます。好きでいていいよ~って。(あくまでこっちにそう思わせてくれるという話ですよ)

 

それをビジネスライクととらえてしまえばそれまで。ただ私はファンとアイドルの絆ってあると信じてます。

 

平野紫耀さんはかしこい人、清濁あわせのむ人です。毛根とハートのフィルターがめっちゃ強い。

 

だけど、ためらわず人のために毒も飲んじゃうから、ちょっとこわいです。

 

我々の欲望にこたえてくれた結果、いつか紫耀くんを消費しつくてしまう日が来るのでは、と思ってしまうのは私が凡人だからだと思いたいです。

 

毎度のことながら話が壮大に脱線してしまいました。

 

改めて紫耀くん、24才のお誕生日おめでとう。

 

なるべく紫耀くんのファンとしてあなたを支えていけるようにがんばります。きちんと生活して、きちんとした社会人とお母さんをやります。今日も仕事です。ねむ。

 

ファンは紫耀くんのパワーの源でありたいと願っています。なるべく長く、ずっと応援させてほしい。

誰よりも美しくて、セクシーで、人の痛みのわかるあなたのことが大好きです。

 

時節柄、コロナやその他いろいろ体に気をつけてね。いつなんどきもあなたの幸せを祈っています。

 

お母さんティアラより

愛をこめて

嵐が過ぎ去って、思うこと



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卒論の最終章です。

 

いつもだらだら書いてしまうのだけど、卒論なので結論から書きます。

 

「嵐とは、季節であった」

 

というのがわたしの結論です。

 

結論というか。

『This is 嵐LIVE』の配信を見届けたわたしが感じたことがそれでした。

 

嵐は、私たちのところに訪れてたくさんの思い出を残して、過ぎ去っていく存在だったんだなと。

 

季節は時が来れば必ず移り変わって、いくら恋しいと思っても戻れないもの。

また次の年、同じ季節がめぐって来たとしても、それはあくまで別のものであって二度と同じ時間を過ごすことはできません。

 

奇しくも、活動休止前最後の配信Liveの最後の曲であった『Love so sweet』の歌詞の通り。

 

『こんな好きな人に出逢う季節二度とない』

 

わたしにとって、これこそが嵐でした。

 

嵐を好きになって、わりとすぐに出逢ったその歌詞。

発売当時(花男リターンズの頃ですね)は「わたしも!嵐みたいに何かに夢中になったのは初めて!」といううれしい共感を重ねて聞いていた記憶があります。(なんなら私のことを歌った曲じゃない?とか思っていたあの頃…若かったのよ…)

 

ちなみにこの曲の珠玉のサビである

 

『信じることが全て』

 

という歌詞にもどれだけ励まされてきたかわかりません。

この曲を聴かないと出勤できないくらいつらかった時期もあったっけ。

 

当時の職場の目の前にめちゃくちゃ長い横断歩道があったのですが、この歌を聴くことでようやく、そこを渡って今日も仕事に行くんだぞ、という力をもらっていました。

 

そんな風にもともと個人的な思い入れのある曲。その歌詞に、すでに嵐のすべてがあったんだな、と感じた2020年の大晦日でした。

10何年の伏線が回収されたような気持ち。

 

過ぎていく季節は、見送るのみです。

追いすがって嘆き悲しむのはちがうかな、と思います。

 

嵐というグループに出会ってから、たまたま自分の人生の中でもハイライトといえるような時期を過ごすことになりました。

 

学校を卒業して、社会に出て働くようになり、結婚して出産もしました。

その間に両親が離別したり、たった一人の姉を亡くしたりという苦しい出来事も経験しました。

そんな風に心が壮絶にいそがしい時期のすべてに、嵐はいつも寄り添っていてくれました。

 

たとえば、私が姉を亡くした後。

嵐が『Beautiful days』という曲(うたばんで涙チョロリと呼ばれてたあれです)をリリースするのですが、その中に

『悲しみを分けあって 涙の数へらすより
喜びを 分かちあえないほうがつらいね

まぶたの奥に映る こぼれる笑顔が
いまでも勇気くれるよ もう一度会いたい』

という歌詞がありました。

他の人にはわかってもらえないと思っていた私の悲しさ寂しさ孤独を、嵐がわかっていてくれたような気持ちになったのを鮮明に覚えています。抱えきれない重荷を一緒に担いでくれたような気持ちがして、本当に救われました。

 

もちろん嵐は、わたし個人になにかをしてくれるわけではないのだけれど。

 

いつも変わらない5人の姿を見せてくれて、前向きな気持ちになる音楽を届けてくれました。自分達のファンでいてくれてありがとう、と伝えてくれました。

そのことが、どんなときでも私を支えてくれていたというのは全然大袈裟な言い方ではないと思っています。

 

事実としてあるのは「わたしがある時アイドルを好きになって、そのあとずっと好きだった」というだけの話です。

だけどそれを「嵐と一緒に生きてきた」と思わせてくれたのが、嵐というグループでした。すごいよね。

 

嵐のファンとして恥ずかしくない人間でありたいと思うことが、いつしか自分をはかるモノサシになっていました。嵐のおかげで、相当まっとうな道を歩かせてもらった自覚があります。

 

当然のように、いつまでも一緒に歩いていくのかな、と思っていました。

 

その一方で、嵐もわたしも、気づけば人生の折り返し地点を感じるような年齢になっています。

わたし個人としても、未来に向かってひたすらなにかを手に入れていくような時期は終わっていくのを感じています。

これからは、いま手にしているものを大切に育てていく、あるいは一旦は手にしたものを一つ一つ手放して別れていく時期なのかなぁと。

 

あの頃嵐に恋していたわたし、はもう過去の存在です。あの熱量は、もう持ち得ない。仮にタイムスリップなんかして、今の私があの当時の嵐に出逢ったとしても、もうあの頃のように嵐にエネルギーは注げません。

 

「ああ、わたしの青春だったんだなぁ」

と思うばかりです。

 

だからこそ、嵐と同じ時代に生まれて同じ時に人生のピークを迎えられたことを奇跡的に感じています。

 

嵐のファンになれてよかったと心底感じます。幸せだったと思います。

嵐にもらった充実感、「生きてる」という実感はわたしの人生の宝です。

 

『嵐が去って、虹がかかる』

なんて、ちょっとできすぎている気もします。

でも最後のLiveで、それを本当に見事に体現していた嵐。すごいなぁ、と思います。

 

結局のところ、徒然と書いてしまいました。まったくの個人的な想いです。

 

嵐とは、季節でした。

わたしの人生の中で、一番輝いていた季節、それが嵐といた時間でした。

 

今はまだ、猛烈に恋しくて、戻れるものなら戻りたい。「嵐に会いたい」という気持ちが渦巻いています。

 

だけど。

季節は決して戻らないことを知っています。

 

『こんな好きな人に出逢う季節二度とない』

 

そう言える美しい季節が自分の人生に訪れた幸運に、感謝したいと思うのです。

 

ありがとう嵐。ありがとう。


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~嵐の卒論~ ②嵐の日


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時は過ぎて、2020.11.3 嵐の日。

嵐、21回目のデビュー記念日。

 

ひる12時から16時まではファンクラブ会員向けに懐かしのうだうだコンテンツなどを配信。(相葉すごろくをはじめ、往年の輝きを見せる嵐)

 

そのあとはいよいよ!

ファンからの投票による人気曲を中心としたコンサート、アラフェス@新国立競技場の映像を配信。

(①16:30~ファンクラブ向け、②19:30~ファンクラブ会員以外も購入可)

 

アラフェス本編の配信前後にも、嵐が生配信に登場して旧・国立競技場の思い出を語ったり、なぜか5人で絵しりとりをしたり。

アラフェスの開演前には充電・トイレ休憩を呼びかけてくれたり、終演後は自らの配信コンサートを見た感想を語ったりするなど、その名の通り朝から晩まで嵐と過ごす、『嵐の日』でした。

 

私にとっても本当に久々に、一日中どっぷり嵐のことを考えて、嵐と共にすごす感覚を味わえた一日となりました。

 

というのも、前述の『あの日』以降は嵐を見るのが内心しんどくて。どんな嵐に対しても「この光景を失うんだな」とか「この歌も、もう聞けなくなるんだな」とかいう思いが常につきまとってしまって、純粋に楽しめなくなっていました。

 

あんなに大好きで、身近で、生活の一部だった嵐なのに。薄目を開けてこわごわ眺めるようなスタンスしかとれなくなっていました。時々歌番組でメドレーなんか歌ってる姿を見ては、テレビの前でわんわん泣いてしまったりして。情緒はつねに不安定。

 

嵐がいなくなるという現実と、どう向き合っていいのかわからず、背を向けていたのだと思う。

 

裏を返せばそれだけ、自分にとって嵐はかけがえのない存在だったということ。

ずっと一緒に生きていくんだと思っていたから、嵐のいない世界になると言われても、はいそうですかオッケイ承知~♪とは、なかなかいかないもので。

休止発表からの日々は、少しずつ、生活の基本設定からやり直すような期間でした。

 

そこで迎えた嵐の日。

私が見たのも、やっぱりいつもの嵐で。

いつも通り、穏やかで和やかで、お互いを尊重していて。その唯一無二の関係性を、他でもない自分たちの手で大切に守っている嵐。

わたしが大好きな嵐でした。

 

嵐のコンサートって、行ったことある人はわかると思うんですけど、めちゃめちゃこちらの調子を聞かれるんですよ。

そしてこの日も配信ではあるものの、やっぱり何度も聞いてくれたんです。

『調子はどうだ?どうなんだっ?』って。

 

久しぶりのこの感じ。

調子はどうなの?とたたみかけられて、とりあえずイエーイ!なんて拳をふりあげてるうちに、不思議と元気がわいてきて。

『あ~~~~~!これだ!私の元気の源!これが足りなかったんだ~~~~!!』と、唐突に気づいたのです。 

 

『嵐は元気の源、生活の糧!』

一時期、おまじないみたいにそう呟いていたわたし。

 

社会人になって、己が何者でもないと気づかされ、理不尽な世間の荒波に打ち負けそうな時、同じようにテレビの向こうでもがいているように見えたのが、同世代の嵐でした。

 

嵐を応援するようになってからは

『嵐も頑張ってるんだから、私も頑張ろう』そう自然と思えて、力をもらっていました。

中高生の頃、ジャニーズにはぜんぜん興味がなかったのに、嵐は特別で、アイドルとファンというよりは、同じ時代を生きる同志のような存在でした。

 

嵐の日。

ひさびさに前向きな気持ちで過ごせた1日をすごして、気持ちがほどけて安心していくのを感じました。

 

そして思ったこと。

 

ぜんぶを嵐に捧げてきた5人へ
もう充分だよ。
ぜんぶをくれなくていい。
お互いに成熟しよう。
卒業しよう。
嵐に支えてもらった時間に感謝しよう。
そして、ずっと好きでいよう。

 

ということでした。

 

そして嵐とわたしたち、お互いの生活や人生にリスペクトをもってそれぞれきちんと生きるのがいい。

またいつか会えたときは、お互いに称えあって、手を振りあって、笑いたい。

 

それが私と嵐、ひいてはファンとアイドルの理想の形なんじゃないかな、と思った1日でした。

 

もちろん我らアラシック、『外野の言葉はシカトする』です。個人的な思いであります。

 

さあ、いよいよ、ラストの日までカウントダウン。

 

(続く)

 

~嵐の卒論~ ①懺悔

嵐、もうすぐ店じまいですね。

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語り尽くせないのはわかりきっている。そんな中でも現在地、できるだけの思いを記したい。わたしによる、嵐・卒業論文

 

………………………………………………

2019.1.27は、大げさではなく、たぶん一生忘れられない日です。

(以下、しばらく壮大な懺悔が続きます)

 

この頃、東京・帝国劇場ではJohnny´s King & Prince ISLANDという舞台が上演されていて、当時私はめちゃくちゃこの舞台にハマっていました。

2018年のデビュー以来、King & Princeにハマり、帝国劇場にハマり、なんというか、ちょっとおかしくなっていました。

帝劇に通いつめていた、というレベルの毎日を送っていたのです。(色々お察しください)

 

この日はいよいよ迎えた千秋楽。

大変に貴重なチケットもどうにかこうにか入手して、異様な高揚感と緊張感の中、日比谷にいたわたし。

いよいよ開場30分前。私のスマホがなります。絶賛娘(当時3才なりたて)を預け中の実母から。

『◯◯ちゃん、お熱39℃あるで』

『あんた今どこ?』

『帰ってこれないの?病院連れていかな』

 

 

 

…お分かりいただけますか?この絶望感。

 

またまた舞台に行くとは言えないくらい通いつめていたので、当日母には『仙台から昔の職場の先輩が出てくるから、東京駅で会ってくる』と嘘をついていた私。

(そういう先輩は実在します。今はSHINeeのペン)

娘は前日から熱はあったものの、当日の朝はなんとか微熱をキープしていて、落ち着いているように見えました。

また、よりによってその日は、夫と上の子は習い事のイベントのためちょっと遠くへ出掛けねばならず。

夫には正直に帝劇へ行くことは伝えていたものの、ジャヲタ心理には全く理解のない実母にしか頼れない状況でした。

微熱でも、病気の子供を置いて好きなアイドルの舞台にいくなど、口が裂けても言えません。

 

「家内安全のためにはうそも方便」と自分に言い聞かせ、背徳感を振り払うようにして、日比谷へ出掛けたのです。

 

その結果がこれ。

 

がーーーーーーーーーん、である。

 

帝劇のビルの地下で、ガチで泣きました。

このまま、なんとか嘘に嘘を固めて、どうにかあと3時間くらい、しのげないか。

夫に知らせて、外出先から家に戻ってもらえないか。

いちかばちか、母に本当のことを打ち明けてわかってもらえないか。

エトセトラ、エトセトラ…

 

THE 逡巡。

 

本当に苦しかった。

身を引きちぎられるような気持ちでした。

自分の中にあるべき親として、人としての良心を試された数分間。

 

結局、その辺にいた若いお嬢さんにあわただしくチケットを譲り渡し、平野紫耀くんへのお手紙を託し、走って日比谷線に飛び乗りました。

 

そう、わたしは人として母として、越えてはいけない一線を、なんとかかんとか紙一重のところで、踏みとどまったのです。

 

飛び乗った電車の中で一息ついてから思ったのは

『嗚呼、シンプルに、罰が当たったんだなぁ』ということ。

同時に、なんだか憑き物がとれたような思いがしたのを覚えています。

 

娘にもしものことがあったら、私は自分を許せないでしょう。自分の生活を、家族を、一番大切なものを大切にできないでいる愚か者が、どうしてアイドルが好きなどとのたまうことができますか、と。

ここ数ヶ月の自分の行いを猛省しました。

 

家に帰り、ちんちんに熱くなっている娘を抱きしめて、ごめんねごめんね、と謝ったころには、すっかり本来の自分を取り戻していたような感覚でした。

 

娘を休日救急へ連れていき(幸い大したことはなかった)、やれやれと帰宅して、ふとスマホをみたら友人からLINEが。

 

『嵐、活動休止ってマジ??』

 

 

 

 

は?

 

最初は、またつまんない週刊誌のゴシップかなぁ?とスルーしようとしたんだと思う。友だちは非オタだし。

嵐にかぎってそんなはずはないよ、と。

 

でも。

あれよあれよと、テレビの速報、スマホにもニュース速報、そして、ファンクラブ動画のお知らせ。

 

…嵐が、嵐をやめるって言ってる。

なんで?うそだよね?解散?

休止ってなに?いつまで?

てかもう嵐いなくなるの??

 

嵐が、いなくなる?

 

最近若い子に夢中になって頭がおかしくなってて。でも今日の今日、頭から冷水を浴びせられて目が覚めて、改心して心清いオタクとしてやり直そう、そう今まさに改心していたのに。

 

嵐がいなくなっちゃうの?

 

20時から会見をやりますよ、とアナウンスがあり。とにかく晩ごはんを作らねば。子どもらに食べさせねば。娘には薬も飲ませないと。そして会見を見ないと。焦りまくるわたし。

 

台所に立って、野菜を切ろうとするんだけど、あれれ、おかしいな全然前が見えないのです。

 

涙で。

 

どんどんどんどん溢れてくる涙。次から次へとこぼれてきて、なんにも見えない。

あきらめて、しまいにはシンクの前で膝に顔を埋めて泣きました。息子が心配して見に来てくれたけど、どうにもこうにも止まらなかった。

家族は気を遣ってくれて、その日は鍋かなんかをぼんやり食べて、20時には私を一人にしてくれました。

 

テレビでみた会見の様子は、どこまでも和やかないつもの嵐で。でもやっぱり、2020年の12月で一旦嵐の活動は休止と言っています。

 

うそだろ…

今日は、一体なんなん?めっちゃくちゃバチが当たって痛い目にあってるやん…誰か私を殺そうとしてる?

と、真剣に思いました。

 

殺されそうになったかどうかはともかく、あの日、寿命は確実に多めに消費したと思う。胸が痛くて、寝られなくて、でも次の日は仕事だし、朝からのあれこれで体もへとへとだし、泣きながら寝たんだと思う。

そして次の日の朝は起きてすぐ、これが夢じゃないなんて…とまた泣いたんでした。

 

以上、オタクが心労で死ぬかと思った一日の思い出と懺悔でした。

 

あの日のことは絶対に忘れられないし、あの日からずっと、来たる2020年12月31日をどう迎えるべきなのか考えています。

 

(続く)

 

 

『大野智作品展🍛FREESTYLE2020』に行ってきた話(ネタバレ)



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2020.9.10(木)

大野智さんの作品展『FREESTYLE2020』に行って参りました。

場所は六本木ヒルズの展望台、東京スカイビューにて。前回までの会場(東京は表参道ヒルズ)もおしゃれだったけど、今回もTokyoど真ん中です。

 

コロナ禍にあって、市内の職場と自宅の往復しかしてないわたしにとって六本木は大冒険。多摩川を越えて市外に出たのが実に半年ぶり。そんなこんなで、六本木についた時点でめちゃくちゃドキドキしてる。

そして、今でもコロナコロナ言ってるなかでも無事に開催できてよかった、ここにこられて本当に良かった…と思うなど。

(どんなに来たくても、今はまだ東京にこられない人たくさんいるもんね。)

 

『どうか、この作品展を観たい人がみんな観られますように』

そう思わずにはいられない素晴らしい体験でしたので、自分の雑感として残しておきたいと思います。アホほど長い自分用の記録。

 

【作品展の展示内容についてネタバレあります】

 

まず六本木駅について、謎にドラマチックな気分になるあのエレベーターに乗って地上へ。テレ朝夏祭りもなかったのか今年…とかしみじみの限りをつくす。

 

展望台への入り口に向かう途中で、智のカレーパンとパイナップルジュースがもらえるカフェが見えてきます。


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おしゃれおしゃれ。

とにかく智くんの個展に関しては、2008年の初回から一貫してデザインが都会的でスマートでときめく。大野智というコンテンツを彩るプロの大人の仕事を感じちゃう。

 

で、事前に発券していたチケットに記されている整理番号順に整列。この作品展は事前抽選による完全予約制、30分刻みの時間指定あり。コロナ対策にもなるんだろうけど、ちなみに前回からこうでした。密を避けられるので、今の情勢にナイスフィット。ゆったり見られるのでありがたいし。

 

私は14:30のチケットで、14:10集合。指示通り並ぶのは熟練のオタクなので、スッ…と所定の位置へ。(ちなみに今回一人です)


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足元にこんな表示。いつもの10倍くらいゆったりしたスペースがとられてる。ソーシャルディスタンスのおかげで、ジャニーズにしては人権のある列。この日は曇天で涼しくて快適だったけど、暑い日とか雨の日は大変そう。

 

久々の嵐関連の現場でしたが、さすがに落ち着くファン層。多いのはわたしより少し~だいぶ年上のはしゃいでる姿が微笑ましいマダム二人組。あとは母娘二人、若いカップル、小さい子連れ、ギャル、学生さんなど、幅広い。キンプリちゃんの現場で感じる肩身の狭さが皆無でありがたい…息をしやすいよ…みんな違ってみんないいよね…

 

さて、いよいよ会場へ。並んでる間におでこだして検温ピ!アルコールぶしゅー!今や普通になった本人確認、バッチリやります。スタッフさんからマスクをはずしてください、といわれ顔をまじまじと見られると照れてしまうのは私だけでしょうか。

ここで展望台のチケットをもらって、エレベーターへGo。
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エレベーターは上限8人で、床に立ち位置がマークされてる。さすがの日本人、みんなキレイに並んでちゃんとマークの上に立つ。

 

耳キュイ~ンとなりながら一気に52階へ。閉所恐怖症なので心拍数がヤバイ。いま地震がきて閉じ込められたら?とか無駄に嫌なイメージが去来してしまい、目をつぶってやりすごす。なんとか無事についた…

 

遠くの窓の向こうに、空と東京の街が見える。海抜250m、一気に非日常感。高いところにのぼるとワクワクしちゃうおのぼりさん。

 

会場へ入ってすぐ、アーチの向こうにワイドショーでみたカイトのジャケットの絵とゆっくり回転する巨大グリーンヘッドさんがお出迎えしてくれます。


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差し込む自然光が気持ちいい空間。遮るものがないどこまでも続く空が見えて、ごみごみした街を見下ろしていると、『ああ、自由だー』という想いが湧いてくる。単純。

空が近いこの場所が選ばれた必然性みたいなものを感じて、しばし味わう。ふわふわする。(エレベーター酔いもあるのかも)


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このアーチ、我々はくぐることはできず、ぐるっと壁沿いに撮影可能スペースまで列ができている。

途中、『ご覧あれ~』と智くんから手書きのメッセージが。文化祭の看板みたいな趣の素朴な文字に、人柄がにじんで見える。誰かを驚かせたいとか、人より自分をよくみせたい、とかいう気持ちが全然ない人。

嵐の展覧会でも、智くんのスペースには『よかったら見ていってくださいな』と書かれていたのを思い出す。それに比べると今回の『ご覧あれ』にはちょっぴり胸を張ってどうぞ!と見せてくれている感じが伝わってきてうれしい。『よろこんでみさせてもらいますよ』とひとりごちる。

 

視線を右に移すと、FREESTYLEの巨大グラフィティが。2008年の個展のために描かれたもの。

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いま見るとほんとに素朴で、悪くいっちゃえば素人くさい(失礼!)作品なのだけど、当時は象徴的な作品として展示されていた。当時よりもいろあせてくすんで見える。

『久しぶり~元気だったの?』という思い。通路はさんで左側には小さいフィギュアたちの写真が数点、その先にもFREESTYLEの会場に並んでいた立体物が展示されていて、なつかしい。どれも、本当に素朴。これが智くんがだれに見せるためでもなくただ好きでやっていたこと、『FREESTYLE』の原点なんだよなあ。

 

いよいよ、撮影可能ポイントへ。撮影してよいのは、カイトの絵とグリーンヘッドのみ。その撮影をする背中方向にも、贅沢に新作の抽象画がぐるっと展示されていて忙しい。

横長のキャンバスに顔がいくつも描かれているもの、絵の具をそのままキャンバスに落としたような抽象画、いずれも初めて見るタッチの作品で興味深いのだけれど。。

 

人間の性として、やはり正面の作品の撮影に夢中になってしまう。


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(この日はご覧の曇天模様)

このエリア、我々観客がカメラを持って思い思いの写真を撮ることでアートになる、それを持ち帰れる、そういう仕掛けなのかなと感じました。ぐるぐる回るグリーンヘッドのおかげで、撮る場所やタイミングによっていろんな写真になる。カメラが趣味の人とかはたまらないのでは。

 

さて、撮影エリアを抜けるとなつかしいあの顔のフィギュア100体が展示されていたり、一時期はまっていたんであろう自分の顔の型どりを使った立体(レースのやつとか)、怪物君の耳つきの絵など懐かしい作品にお目にかかれる。

ふと、これらの作品は普段どこで保管されているのだろう?という想いがよぎる。どの作品も、またあえたね、久しぶり、元気だった?と心のなかで話しかけながら見る。いつか、どこかにこれらの作品や今回の新作も常設してあって、見たい人がいつでも見に行ける場所ができたらいいのになあと思う。

元気をもらいに、きっと通うと思う。

 

このあたりに、お馴染みのスーツ姿で真顔でジャンプする智(わかるよね?)の写真が、並んでいる。

2008、2015、2020。

だんだん足の揃いかたが緩くなっているのは、やはり加齢もあるのかな。いずれにせよ、どれもいい顔してる。

 

~ここからは、新作や新しい展示物を中心に感想を~

 

まずは智の子供の頃の思い出コーナー。

一番印象に残ってるのは、中3の2学期、数学の中間テストの答案用紙。(H7.10.12)

C組4番大野智。2点。1問目しか丸がない。

こんな点はなかなかとれないからってお母さんが記念に額に入れて飾ったやつ、だよね?お母さんが入れた額なのかはわからないけれど、立派に額装されて、さりげなく展示してある。

このとき、14才の智が生きていたんだよなあ、とまじまじと見る。高校を2日で辞めた時といい、中3のテストが2点のときといい、智くんのお母さんはどんな気持ちだったのかなあ。つい親目線になってしまう。

 

その他にも小学生のときにもらったあやとび一等賞の賞状、やたら登場人物の名前だけが羅列されている内容のない作文(かわいい)、七五三の記念写真、ドラゴンボールのイラスト、中学の美術の課題のデッサン、写生画…

これらが四角いショーケースにおさめられていて、ファンはこれがみたくてちょっと密。

私も見たかったけども、人垣が切れるタイミングがなく、遠目から見るにとどめる。子供のころのあれこれ、見せてくれてありがとうね。ちゃんととってあるのが大野家って感じだよね。

 

途中、去年の24時間テレビのチャリTシャツの線描画も。当時、久々に智くんの描く絵を見せてもらえて嬉しかったことを思い出す。

本当にずっと描いてなかったもんね。

折に触れて「描きたいと思えない」と言う智くんに、地味に傷ついてた。

やりたいことを好きにやってきて、私たちに見せてくれたせいでそれが仕事になってしまって、ファンが智くんから大切な部分を奪ってしまったような気持ちになっていたから。もちろんチャリTシャツのデザインも仕事として引き受けたのだろうけど、智くんの新作を見られてとても嬉しかったことを覚えてる。

 

この絵を解説する智くんが、泥から花を咲かせる蓮を「人生みたい」って言ってたことを思いながら、じーーーっとみた。

この人にとって、人生ってどろどろして汚いことばっかりで苦しいけど、その中にこそ美しい瞬間とか生きる価値があるって感じなのかな。哲学。

下書きの跡や、印刷にのらない細い線のタッチまで見られて満足。なお、このTシャツはこの夏も家族で着てました。宝物。


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ここからは、また新しいゾーン。壁に仕切られたそれぞれのスペースに旧作、新作、大型の絵画がこれでもかと展示してある。

 

まず目に飛び込んできたのは、新作のパグの絵。鬼の角と赤い髪の被り物(ドリフの鬼的な)をした、黒パグがこちらを見ている。とても大きい。

帰宅してから作品集のインタビューを読んで、この絵に込められた智くんの想いを知ったわけだけど。

この作品は見たとたんに、何かをこちらに訴えかけてくるものを感じた。ぐるぐると渦を巻くような、叩きつけるような、気持ちをそのまま絵の具にしてぶつけたようなタッチ。色使いも、情熱的で濃厚、全体にどす黒い。大野智にも、やっぱりこんなに熱くたぎるような人間らしい内面が存在するんだなあ、と正直驚いた。ガツンと頭を殴られたようなショックを覚えました。

 

すごく余談だけれど、私もFREESTYLEIIのときにパグを飼っていたので、パグの絵を智くんが描いてくれたことは勝手に嬉しかったし、途中でパグのグッズが販売中止になってしまったことはとりわけ残念だった。

あの頃の“あれこれ”にまつわる率直な反省を、こうやってまたパグの絵を描くことで私たちに伝えてくれるなんて、智くんにしかできないこと。どこまでもファンのことを考えてくれてしまう人だと改めて感じた。とりあえず、作品集のインタビューは涙なしでは読めない。

 

さて、大きなゾーンごとの逆走はできない(スタッフさん結構きびしい)ものの順路は特にないこの作品展、自分のタイミングでうろうろ回遊できる。パグの絵のあと、亀梨くんの似顔絵(キンプリのいわちに似てた)を見て、私が向かったのは、ジャニーさんの絵。
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これは生で見られて嬉しかった。色は思ってたよりもずっと明るくてきれいでポップな印象。デジタルぽくもあり、見ていて楽しくなる。作品展のあとは事務所に飾られる予定とか。ジャニーさんは絶対この絵好きだと思うし、喜んでると思う。知らんけど。

 

そしてこの絵に向かい合うようにして、ランタンの静物画が飾られているのだが、それがすごくよかった。(作品集の最後のページに掲載)

今回、ランタンの絵はここと、もう一枚ある(作品集の最初のページに掲載)のだけど、正直私はこの2枚のランタンの絵が、今回の作品展で一番よかったと思っている。テレビでも全然取り上げられないので、現地に行かないと見られない新作である。

 

智くんがヒロシさんと出会ってキャンプにハマり、募る思いのあまりランタンを五個買ったという話は知っていた。でもまさかランタンの絵を描いて出展していたとは知らず。まず、とても驚いた。

その時々に好きなものを描くという智くんのスタイル(作品が日記みたいになる)と、それによってその絵が持つストーリーにしびれる。近年の智くんのキャンプ熱を知らない人にとっては、謎のモチーフである「ランタン」が、私たちファンにとってはお馴染みのアイテムであったりする。

作品になんの解説も付されていないこの作品展において、ファンだけにわかるこのストーリー。あれだけ釣り一辺倒だった智くんが、ヒロシさんに出会い、キャンプに出会い、新しい人生の楽しみにであった瞬間を見せてもらえた『ヒロシとサトシのソロキャンプ』。バラエティー番組の1コーナーにすぎないのだけれど、これまでの大野智を知るファンにとっては近年になく強い印象を残した。

そのドラマに対するファンの感動を含めてこその、このランタンの絵なのだ。

 

またランタンは白背景に描かれているのに、ほのかに光を灯しているように見える。ランタンを眺める作者の眼差しの優しさだったり、愛情を感じるようで、とても温かく愛おしい作品に思えた。

特に、展示奥にあるランタンの絵(作品集の最初の方のやつ)が、本当に大好きになってしまった。一目見て、『最高じゃん、最高じゃん』とひとりでつぶやく。ああ、誰かと分かち合いたかった…!

ぐるっと回ってまたこの絵の前に戻って、ずーっと見ていた。

ゴッホを思わせる一枚目のランタンが、さらに進化して、『This is 大野智』になったのがこっちのランタン、というのか…うまく言えないけれどとにかくハイブリッド。大野智のこれまでの作品の変遷が1枚に凝縮されているような、まさに大野智の粋(すい)を集めたような1枚に私は感じて、大好きになった。恐らくだけども、作品展の中で見られる最新作なのでは。これが最高傑作じゃん、と勝手に思った。作品集にも載っていて嬉しかったけど、本物は全然違う印象。

この絵だけでも、またいつか、見に行きたい!!

 


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そして、ようやくこちらの前へ。こちらも、ずーっと見ていられる。隠されたモチーフに気づく度、その部分だけが浮き上がって見えてくるのがとても不思議な体験。タツノオトシゴの細密画から、ものすごい進化を遂げている!と感じた。

 

とにかくこの作品展、加速度的に進化して自由になっていく大野智の作風の変化を感じられるのが感動的。

例えば作品展の表紙やグッズのTシャツ、カレーパンとジュースのカフェに見られるような抽象画=智いわく『色のやつ』について。


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f:id:omi-shiru:20200915163047j:image(カフェで撮影可)

作品展でもこれら『色のやつ』が多数見られるのだけれども、正直言って「こういうよくわかんないのを芸能人が“アート”とか言い出したら終わりかな」と思うタイプの人間なので、最初はすごく懐疑的に観た。

でも、いくつも見ているうちに、「これもいいね」とか思っている自分がいて。色合いがどれも絶妙におしゃれだったり、かわいかったり、怖かったりしてどれもとてもよい。ずっと見ていられる。きっとお気に入りの1枚が誰にもできるはず。私はショッキングピンクと黄緑の鮮やかな1枚が好きで、レプリカがあったら家に飾りたいなーと思った。

そしてこれも、新しい大野智の表現なんだよなあと思う。

 

まず絵の大きさからして、初期のものから比べると単純に大きくなっている。初期には対象モデルをいかにリアルに再現するかという主眼だった表現が、もはや『なにか』を描かなくても、色だけで自分を表現できるようになっていく。

どんどん『枠』が大きくなって、やがて枠そのものがなくなって、自分の内面にある形のない想いやイメージを、そのまま取り出してキャンバスにのせることができるようになっている。ものすごい進化で、こうやって表現が広がって自由になっていくものなんだなあ、といたく感じ入った。

 

カイトのジャケットの絵を見たときに初めて智くんの抽象画を見たわけだけど、それは聖火のイメージとか嵐五人の色とか、やはりきちんと物語がある絵だな、智くんらしいな、と思ったのを覚えている。

『色のやつ』からは、そこからさらに進化した大野智が見えて、きっとこの先も続いていくだろうなと思えて、この人はどこまで行くんだろう、表現者としての可能性がとんでもないなと感じました。

 

そんなカイトの絵が掛け軸としてかけられた茶の間、(向かって右の壁にさりげなく松本潤画の絵がかけられていたりする)が続き。
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上海でファンがひとりひとり指紋で彩ったタツノオトシゴ、FREESTYLEIIの衝撃だったちょんまげの子供の絵がその奥にひかえる。

 

出口に向かう最後のゾーンには三枚の大きな写真が。2008、2015、2020の大野智のモノクロ写真。

白いシャツを着て、神妙な顔をしてこちらを見ている。どれも知っている大野智の顔だけれど、2008年の智はやっぱりすごく若くて、2015年の智はピカンチのハル風味で(笑)、2020年の智は…なんだか苦しそうに見えてしまった。

40才を前にして、嵐の看板を下ろすと決めた智くんの顔。お疲れさまでした、と声をかけているご婦人方がいて、不謹慎にも遺影に見えてきてしまう。切ない。べそ。


f:id:omi-shiru:20200922005741j:image(これは別の画像だけど、2008年なんて子どもみたいな顔してるもんね)

 

ちなみにこのそばには嵐のワクワク学校オンラインの宿題で嵐のみんなが描いた大野智の絵も飾られていて、嵐の絆も感じられる。

 

さて、いよいよ最後の展示へ。

最後は遮光カーテン越しのシアターになっており、2分ちょっとの映像作品を見られる。20人くらいひとまとまりになって、暗闇の中へ。

足型が床にスタンプされていて、各自その上へ。私は最前列センター、1列だけある椅子に座れた。椅子のないエリアの人は立って観る。

 

画面は6分割されている。暗い空間に浮かぶ透明なガラス張りの小部屋に入れられた白い全身タイツの大野智の姿を、上下左右からそれぞれ定点で撮影した映像が同時に流れる。どの画面を見るか、キョロキョロしてしまう。特にストーリーもなく、ひたすらにシュール。

音楽もなく、智くんが気の赴くままに動く。アイソレーションのお化け、よくそんなにパーツごとに自由自在に自分の体を動かせるものだ。キュキュッと靴が床に擦れる音、ジャンプして着地するときのドーン!という衝撃音がなんとも不穏。だんだん漏れる息づかいにドキドキして、息ができない。

なんなのこれ?なんなのこれ?と思ううちに、智くんが近づいてきて、カメラをOFF。

FREESTYLE2020 のロゴ。

え?終わり?とキョトン。あっという間。

なんだったんだろう、と思いながら外へ。

なんだったんだろう、にはきっと答えはない。だけど大野智という人は、絵や書、造形物だけじゃなくて、自分の体を使って人並み外れた表現ができる人だったということを、にわかに思い出す。

 

すごい人だ、という思いが広がる。

たまたまアイドルになって、たまたま嵐になったけれど、本質はもっと宇宙的に広くて深くて大きすぎる人だ。すごい。すごい。すごい…!

 

そんな気持ちがぐるぐるしたまま、シアターの外へ。明るい窓の外に、新国立競技場が見える。国立競技場は嵐にとって特別な場所。新しくなったその場所が見えるところまで、この作品展の一部に思えてしまって胸がいっぱいになる。

 

ほんとの出口。

今回の新作の製作風景の写真が展示されている。巨大な細密画に、ちょこんと正座して向き合う後ろ姿。

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ああ、この人のことがやっぱり大好きだなあ、と思いが溢れてくるのがわかる。

 

ふりかえったら警備員さんのいる出口。

これまた文化祭の看板みたいなメッセージがおいてある。

 

『ありがとう  大野智

 

これだけのものを見せてくれて、表現者としていくらでも羽ばたけるポテンシャルがあるのに、やっぱりどこまでも「ファンの子」のための作品展なんだよね。

こんな風にどこまでもファンを大切にする気持ちが全身に伝わってきました。

 

ありがとうはこっちの台詞だよ。

智くん、本当にありがとう。

そう思いながら、なんとか出口へ。

出口には「戻れません」の注意書が立ててある。

帰りたくなかった。もしかしたらもう二度と智くんの作品を直接見られないかもしれない。

来年になったら、智くんの姿をもう二度と見られない世界になるのかも知れない。

 

こんなに好きな人を、ずっと心の支えにしてきた大切な存在を、うしなうのかもしれない。

そんなことを考えていたら涙が止まらなくなってしまった。

 

出口を出てすぐ、予約していた作品集と、カレーパンを引き取って、トイレに駆け込む。一人になって落ち着かねば。


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その時にトイレの個室の荷物置き場で撮った写真。白バックで結果的にとてもよく撮れた…

 

作品展のレポ(?)はここまで。

ひとりの胸に留めておくには重たすぎる溢れる想いが、そこにはありました。

  

改めて。

活動を締めくくる前にこうやってまた新作を見せてもらえたことが、本当に幸せだと今は思う。思えば大野智さんを応援してきて、ずっと、いつもいつも、幸せにしてもらっていました。

 

すべての大野智ファンのみんなのところにも、この作品展にふれる機会が訪れますように。

 

そして何より。

智くんが元気で幸せでありますように。


f:id:omi-shiru:20200915181139j:image(帰り道、東京の風景)

『L&』ライナーノーツ~平野紫耀さんのオタクver.~

King & Princeセカンドアルバム『L&』を手に入れました!

待ってました!!

純粋にうれしい!!!

わかってたけどすっごいいいアルバムじゃんね。

 

以下、平野紫耀さんのことが大好きなオタクが独断と偏見をもとに記す

『L&』ライナーノーツ風感想文!

(アホみたいに長いです…)
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~🥰~~🥰~~🥰~~🥰~~🥰~~🥰~

 

  1. Key of Heart

この曲、一曲めなんですけど、リピートするとBounceの次なんですよね。(通常盤の話)

coolにブラックミュージックキメてたKing & Princeが、みんな大好きドメスティックアイドルのキンプリちゃんに立ち戻って、あっかるいマーチを奏で始めるので心底ホッとする自分がいて。アルバム全体で長い旅をしてきて、またここから始まる、そういう意味でも一曲めにふさわしい曲!

イントロのギターからして大袈裟ではないけど期待が膨らむし、希望に満ちた日本語のメッセージってやっぱりいいな~☺️

弱虫ペダルで感じたれんれんのど根性と、坂道くんの純真さと勇気を思い出してお母さんはホロリとします。

 

  2.&LOVE

この曲を聴くとき、大体通勤の途中なんだけど、毎度めちゃくちゃな元気がどっかから湧いてくる。

サビの手ぐるぐるシュウペイダンス(違)はマスターしたので、毎朝ちっちゃ~~く踊りながら歩くわたしがいます。

カラフルな世界観が日常に彩りをくれる曲。アイドルっていいなあ。

ちなみに私はなぜか紫耀くんのピースサインがぶっささる性癖の持ち主なので、テレビの歌番組では曲が始まるやいなや頭が真っ白になるくらい射抜かれています💘
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  3.Break Away

ハンドクラップ=帝劇という刷り込みがあるのか、わたしの脳内でこれ歌ってる5人は舞台の上にいます。これからいよいよ本編始まりますよ、というこのアルバムにおけるovertureですよね。

はじまりまーす!どーん!

 

   4.Mazy Night

はい!きたメジナ

今年どんだけ聴いたと思ってるん。もはやメジナは実家ですよ。実家ソング。思い出がありすぎる。ジロちゃんと、そしてコロナと、すごした2020年。ドラマもCDも延期延期となる未曾有の事態でしたが、結果的に七ヶ月以上もの間、MATCHもこのアルバムのジャケも、幻のツアーグッズに至るまで、黒髪短髪紫耀くんを大量に供給してくれてありがとうございました。

未満警察ミッドナイトランナー、放送自体が危ぶまれていたことを思うと、最終回までたどり着けて感無量です。ドラマのストーリーとか、内容はどうでもええねん。←

あれこれちぐはぐなところはあれど、愛すべきカイジロをこの世に産み出すという大きな貢献をした有難いドラマでありました!

わたしきっとこの話を10年後もしてると思う。「あのときは大変だったよね~」って言えてるといいね。

 

  5.ナミウテココロ

オシャンSONG。  

紫耀くんこういう音楽がすきなんだね~って教えてもらえてうれしいSONG。

しかしキンプリちゃんの中でも海ちゃんの声ってひときわおしゃれ感醸し出せるな~っていつも思う。末っ子の歌のポテンシャルヤバイと思う。独り暮らしの部屋で暗闇にぼんやり光って浮かぶ水槽眺めてるみたいな世界観。私も大学生のころ、ミニシアターで気だるい映画ばっか観てた時期あったわよ。

 

  6.泡の影

オシャレな世界観ももちろんよきだけど、イントロからやばいな、ってなる曲。世代的にはイエモン聴いてるときみたいなドキドキさせられる切ないメロディライン。

それにつけてもソロのリレーで全員が全員とも、聴かせる歌声してるってキンプリちゃんの歌唱力ほんとどうなってるの??

 

        7.ORESEN

前述の通り。

好きな合いの手は、俺たちは戦士だ~(We are soldiers! )かな。少年ボウイ、犬ドッグ、を思い出してつい吹き出してしまう。無表情にパラパラおどるメンバーの周りで全力出しきる姿みたいなあ。岸くん大好きだよ。

 

  8.生活(仮)

きたな~~!エモの化身、髙橋海人~~!

わたしは君を通して最近の若者の情緒を学ばせてもらってます。

(仮)って一時期耳にタコっていうか、え?また彼氏(仮)?ってなった思い出があって、平野担は皆きっとそれをほろ苦く思い出してるはず。

曲自体は朝ドラとか、ファミリーで見られる時間帯の恋愛ドラマのオープニングソングって感じ。(ちゃんと毎回おんなじオープニング映像出るやつ)最近ふつうのドラマって全然見てないな~。

カイぴは今後大人になるにつれ、どんな歌を作るようになるのかね。実体験がわりと明け透けになりそうなのでオタクは覚悟しとかないとね。

 

  9.Laugh & …

壮大なPrinceカラーの世界が脳裏に浮かびつつ、サビのテンポ感とか伝わる温度が神宮寺の包容力そのもので心地よい~

汗かかないくらいの、そっと身を寄せたくなるような体温。

この若さでこの安心感。国民的彼氏にこの人を選んでる日本、治安がよくて清潔でほんとにいい国ですよね。(無駄に話が大きくなっちゃう)

 

       10.No Limit Tonight

これはれんちゃん、コンサート!コンサート!コンサート!スモーク!レーザー!特効!特効!って感じやね☆ナイス!

親しみやすさ封印して全然知らない人みたいな顔して踊るキンプリちゃんが思い浮かぶよ。

サビは、さながらキャッツアイの趣。
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てかKINGちゃんはキャッツアイだわ。紫耀くんはぜーったい泪姐さんだし、海ちゃんはまんま愛ちゃんだし、れんれんは瞳で、岸くんがトシだよ~末永くお幸せに🖤💜

(なんの話だっけ?)

 

  11.Focus

大切すぎる平野紫耀さんのプロデュース曲。

応援ソングだよ~って言ってたけど、どんなのか全然想像つかなくて、はじめて聴くときはとにかくどきどきした。

イントロ、コーラスの感じからして『ちょっと待ってちょっと待って、こんなん全然紫耀くんらしくないじゃん』と動揺がすごい。

テンポも、テイストも、きっとどこまでもオシャレにかっこよくする方向性もあっただろうにこの感じなの?うそぉ…と思いながら聴く。聴き進めていくなかで耳に飛び込んできたのは「笑いたければ笑えばいい でも迷惑はかけてない」のところ。

 

あえて、自分がかっこよく見える曲じゃなくて、平凡に働いて生活してる人に届ける曲にしてくれたんだよね。それが自分にできることであって、今やるべきことだって判断して、伝えてくれたんだよね。ジャニーズのアイドルをプライドもってやってるんだよね。

私も、それこそなんのために生きてるのか分かんなくなって苦しい日なんて山ほどあって。だけど紫耀くんには『だいすき♡』と思える時間を毎日毎日もらっていて。

一方、そんな私に「アイドルなんかすきで、ばかみたい」とか「夫と子どものことをそっちのけで若い男の子に夢中でみっともない」とか、誰からでもない声(きっとそう思ってる自分がいるんだろな)がいつも付きまとっていることは否めず。

そんな姿まで、どうして紫耀くんはわかってくれるんだろう。まだ1度も、涙が出ずにこの曲を聴き聴き通せたことがない。

だって落ちサビのソロ、紫耀くんだって

「誰のためでもない 自分のためでもない なんのため?わからずに日々をすごして」

なんて歌うくせして、一方でラストまでどんどん畳み掛けてくるんだもん。大丈夫!大丈夫!よくやってるよー!!って。

こんなに力強く背中ぐいぐい押されて応援されることになるとは、思ってなかったよ…

ありがとう。なるべくメソメソしないで頑張るね。

 

    12.Amazing Romance

あーーい!らーーぶ?

            

\ ゆーー! /

 

ってみんなでやりたいよー!!楽しそう…

(ほんとにコロナのばかやろう)

そして、くそう、紫耀くんの『おかえり♡』はさ、なんであんなとろんとろんに甘ったるいんだよお。さらに満を持してご登場の2回目の『愛してる』はさあ…(頭を抱える)もうさあ…すっごい愛じゃん。スイッチ入れたら、こんな風に何のてらいもなく『愛してる』って言えちゃうんだよこの方は。

~~きーみーだけー、しかみえなーい~~

って、ほんとその通りでございますよ。降参です。全面降伏。大の字。しあわせ。

アーイラーブ、ユー!!

 

   13.koi-wazurai

前曲、からのkoi-wazurai…すごいよこの流れ。正直、愛してるだなんだを消化しきれずに魂フワッと乖離してる中で『運命的な恋わずらい♪』とか歌われちゃうと、もうyouたちの言う通りだよ!ってなる。手のひらで転がされる感じがたまらない。

このアルバムの中でこの曲は、気持ちの整理をつけて、恋してる自覚を新たにする時間。

 

    14.Freak Out

ここでちょっと一回甘ったるい気持ちリセットしなってことなのかな。不敵な岸くん、不敵な海ちゃん、いいよね。普段はどこにそんな黒い要素を隠してるの?とにかく演技力というか表現力があるんだろうな。常にフラットなれんれんのボーカルも好み。

お腹にずんずんきざむリズムもいい感じ~

 

    15.Heart and Beat  

神宮寺の『ハート エン ビート!レツゴー!』の掛け声から始まるファンサタ~~イム✨

こないだのコンサート(幻)でこの曲やったときに

「やばい!トロッコ今度こっちにくるよ~!(歓声が耳をつんざく)

ヤッバイヤッバイ!超ちかい!きたきたきたきた!まぶしっ!ぎええええぇぇぇ!

(真っ白)

あ~……いっちゃったぁ…やばかったよね?超かっこよかった~~来てよかった~~!!生きててよかった涙」

って汗かいて涙でてびしょびしょになるやつを友達とやった記憶がある。絶対。夏ってそういうものでしょ?そうあれかし!

(ぜんぶコロナのせいだ)

 

  16.君がいる世界

はぁ~楽しい時間はあっという間に終わっちゃう。さっきまであんなに間近に来て一緒に大はしゃぎしたアイドルたち、もうあんな遠くのステージでライト浴びて、最高にかっこいい顔してこんな沁みる歌ってる…でもそばにいるって言ってくれてる…この人たちのファンでよかった…今ここでおんなじ時を生きてる幸せ噛み締めよう…でもできたら今日の時間を巻き戻して、家出る前くらいから、いや歓喜の当落発表日からやり直したい…楽しかったな、コンサート…涙でちゃうけど、また来年会おうね、絶対。今年の夏も最高の思い出できたな。いつもありがとう。大好きだよ。

 

(という心象風景ですこの曲は)

 

どうでもいいけど途中のポッポッ♪ていう効果音がテレビの速報テロップ出るときのそれっぽくて無駄に不安になる。

 

   17.Bounce

こちらは、わたしがあんまり知らないほうのKing & Princeさんがパフォーマンスしてます。They are not キンプリ, but King & Prince.

 

『世界』は今のところ≒USAなんだね。

個人的に、いつか岸くんは英語の方が自己紹介とか自分の気持ちを表現するのうまくなってそうな予感。なんていうか、英語の方が向いてるのでは。

 

何をもって『世界進出』なのかは私にはわからないけど、別に今すでにいる他のスターみたいにならなくてもいいと思う。変にあちらに迎合して売れそうなセオリー踏むよりも、ジャニーズの、キンプリちゃんならではの良さを海外の人たちにも知ってもらえて、受け入れられるってことが成功なんじゃないかね。可能性じゅうぶんにあるんじゃないのかな。てか、わたしからしたら『HEY,世界!この子たち最高なんで良かったらyouたちも見てみなよhaha』って感じ。

 

キンプリちゃん的には、日本に敵なし、目標はアメリカ!っていうのすごくモチベーションになってよいと思う。令和のジャニーズ伝説、ジャニーさんとの約束果たそうよな!

 

…そんで永遠リピート🔁

 

 

後半、だんだん曲の話を脱線しましたね😇

わたしにとっては、『L&』は、こんな感じのアルバムで~す💖

 

~~fin~~

『L&』に思うこと(まだ聴いていないにも関わらず)


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キンプリちゃん待望のセカンドアルバム『L&』の発売(2020年9月2日)がとても楽しみなのです。

 

この謎解きチックな『L&』というタイトル、何て読むのかな?と思ったら『ランド』ときた。なるほどなるほど。LとandでLAND!すごーい。やっぱり謎解きみたい。私は謎解き出来ないんだよな…

やはり脳の老化か… 

 

それはさておき。

 

こちら『L&』、ジャケットのビジュアルが毎度のことながらエグいよさ(平野紫耀さんの白ボンタン風パンツと特攻服風ジャケットがツボ…メルヘンな世界観に吹きこむショウさんの風)ということもあり、期待は膨らむばかり。いや、ファーストのジャケットのダ◯さもわたしは愛してるよ?
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そこへきて、先日知ったアルバムタイトルに込められた意味。

 

 

アルバムタイトル『L&(ランド)』=『King & Princeがいて、みんなが楽しめる場所』ってちょっとすごくないですか?

ちなみに、イメージは遊園地とか。L=LOVEで、LOVE&◯◯というテーマもあわせ持つそう。

 

ふむ。

 

何よりこの『みんなが楽しめる場所』っていうのがすごいと思う。キンプリちゃん、もうそんなとこまで来ているの?という驚きを隠せません。

 

めちゃくちゃ平易な言葉で、普遍的なこと言ってる。若かりしころ、よく学校で見聞きしていたようなパブリックな印象。それがアルバムのコンセプトとは。

 

自分たちのファン(俺担、ていうのは品がなくてきらいだよ)とか、ジャニーズのオタクとか、ターゲットを絞ってその狭めの対象のニーズに応えるのではなくて、『みんなが楽しめる場所』を提供しますよという意思表明ですよね。この若さで。まだデビューして3年目で。

 

キンプリちゃんは国宝級イケメン×2やら国民的彼氏やらを擁する上、王と王子というアイデンティティーもあるし、前提としてめちゃくちゃ売れてるので、こういう視野になるのかもしれない。公共の福祉的な。

 

でもさ大体20代前半、駆け出しのジャニーズってのはまだまだ自分探し真っ最中で、デビューするときに大人につけられたイメージからの脱却を目指して、青臭い俺の話を聞けモードなんじゃないの?それをファンは盲目的に崇めて、閉鎖的でなんとも甘美な関係性築くものなんじゃないの?もしくは古参のファンはこの辺りでつまんなくなって担降りしてく時期でしょ?ちなみにこの時期のアリーナツアーはチケットも取れるから遠征ざんまいで最高に楽しいんだよ。横アリ昼夜とか入っちゃって。オタクがオタオタしい全盛期よ。

 

それがキンプリちゃんは、なんですか?

『僕たちがいるのは、みんなが楽しめる場所だよ~😇』ですって?いきなり間口が『みんな』ときた。しかもこの『みんな』はほんとに老若男女問わず、全人類対象の『みんな』でしょう?未曾有のコロナ禍で殺伐とする世の中にあって、自分たちが、広く民に明るさを提供したい!と言ってくれてるのです。

 

自分たちがアイドルとして出来ることをわかってて、その力を信じてるんだよね。

これって、新しい時代のアイドル像だなーと思う。

 

いきなりですが嵐はさ、『アイドルはカッコ悪いことをして世間からバカにされてる』ってわかりながらも、あえてそこに矜持を持って貫くスタイルで、一般のファンに共感されてあんなに大きくなったわけだけど。

 

キンプリちゃんは『アイドルを職業とすることがかっこいい』っていう認識のある世代なんだなあって思う。

脱アイドルとかいう時代じゃない。

アイドルだからこそ、できることの可能性を信じてる世代なんだなぁって。

それをこのアルバムのコンセプトからビシバシ感じちゃって、感嘆したのでした。

 

そんでもって先日公開されたアルバムのリード曲『&LOVE』のMVを見て、この気持ちはより確信に変わりました。
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アイドルとして、自分たちに出来ることは見ている人にハッピーを届けて笑顔になってもらうこと!それをやりたい!といってくれるのが伝わってきました。(ちょっと泣いた)

 

かつてアイドルから活力をもらう、っていうのは、こっち側で勝手にやってたことで。

アイドルが生きがい、とか言ったら大抵の一般人は(そしてきっと対象のアイドル自身も)どん引きしたものです。

 

それがいまやアイドルの側から、僕たちを見て元気になって!と公式に言ってもらえるようになったのですよ…

なんという福利厚生の充実かと、時代が変わったのを感じずにはいられません。

 

それに応えるには、なるべく気持ち悪くない自分でいようと思うよね。ちゃんとしないと、キンプリちゃんに恥をかかせてしまう…とか。(涙ぐましいアラフォーの乙女心)

 

しかも、我らがKing & Princeのメンバーは、その心の清らかさがホントにヤバい。

まず自分が人々に愛されて、人としてよりよく生きる、幸せになるために生きてる、というベースがあるから、魑魅魍魎が渦巻く(知らんけどそうでしょ?)芸能界にあっても全然スレてない。価値のあるものとないものがきちんとわかってる。

そして、アイドルとして自分たちが出来ることの尊さをわきまえていて、グループとして価値のある存在になり得ると自分たちで信じてる。

 

何度もいうけど、これでまだ20代前半、デビュー3年目なのはすごすぎて!

 

彼らを信じてついていく、で答えは一択なのです。めちゃくちゃ未来は明るいし、とりあえずアルバム『L&』、はやく手に取りたいです。わくわく。